2012年7月11日水曜日

介護の辛さ


きょう母のためにいつもの病院に薬を貰いにいきました。2時間もかかる仕事。待合室ではいつも雑誌を読む。女性雑誌も好き。だけと、とりわけ好きなのが、月刊誌「一枚の繪」。絵と作者のコメントがひとつの頁に収まっている。 日常、自分にとって、絵を特別なものとは感じてないけど、病院や雑誌で出会ったいくつかの一枚が、強烈に僕を吸い込むのがあるのです。写真とちがって、作者が感じたものを描く為にいらない情報をそぎ落としたもの。それが絵だと思う。だから、彼が描きたいものがストレートに理解できるような気がするんです。


たぶん、だからこそ、作者と波長が合ったとき、僕の心をとらえ、絵に心奪われてしまうんだと、 思います。一枚の絵と波長があったら、匂いや、その場所の音までが、鮮明に浮かんできます。 それが、快感なんですよね。絵とはそういうものだと思う。おかしな表現ですが、本物以上の本物。つまり、本物の中にいても、心の感度が落ちていると、気づかないような美しさ、、それを見抜いて、いらない情報をそぎ落として、その美をドカンと強烈に描いたもの。。


介護や姑の経験の無い母を持つと子供は地獄です。子供の時間を容赦なく吸い取り、、 子供は失望しチャンスも失います。この地獄の状況からどうやれば脱出できるのか。。 それが最大の関心ごと。「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」 26~7で亡くなった石川啄木、、この年齢で人生の哀しさ表現したなんて、信じられません。 絵画や文学に救われる日々です。

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