すべては生きている自分が在るから発生している。私が生まれて生きていてこの世に存在するから、この世が存在しているのが感じられるのだ。生きていることは凄い。生きている今日を明日を続行するために必要なもの、それは肉体と心の健康というものだ。最も幸せなことは何? たぶん、大切な人を笑わせること。大切な人に幸せを感じさせること、究極、それが幸せというものの本質ではないだろうか。ひとりで贅沢をしたとしても、、それも幸せかもしれないが、感動するほどではないだろう。
2012年7月22日日曜日
幸せの追求中
恥ずかしいと思う人は、相当、まっとうな人。 恥というのは、相当、高等な心を持つ証拠。 そして、恥とは、いかなるものなのか? 恥というものを貫いて、だれも、行かなかった場所まで行って、手を振ってみせて。。 それで、皆を感動させたとき、人々はもはや、その人を恥ずかしい人とは見ていない。 むしろ、凄い人。。 だから、恥とは、どういうものか、良くわからない。 だから、よくわからない恥、を恐れて、踏み出せないのは愚かで、 むしろ、それは、どうしようもない恥だ。。 恥というものには、何か、とてつもない魅力がある。 世界には多くの魂が生きている。 その魂は親からもらったDNA、遺伝子によって、その魂を包む肉体に包まれている。 ホントハ、魂はみな、幸せになりたいし、その素質をもっているはずだと思う。 しかし、悲しみに蝕まれた魂のことが事件として報道される。でも、彼や彼女は寂しかったに、 違いない。身の回りの人をよくみてると、すべての人が良い面とすばらしい面を持っていそうだ。 それに気づいてないとしたら、未熟な自分を知るだけ。 そういうことも気づかないで、人を批判したり、低くみたりするのは、死ぬほど恥ずかしいことだ。 だから、恥を知るとは、そういうことで、すばらしいことだ。
介護の辛さ 休日の当番
休日だというのに、
母と二人で家にいて、
晴天だというのに、
夏だというのに、
二人っきりで家にいて、
心は重たく、体も重い。
存在する時間はコマ切れで、
すぐに、母の何かを要求する声が聞こえる。
何にも集中できない。
時間だけが過ぎていき、
夏もそ知らぬ顔で過ぎていく。
何もできない。
何かができるとしても、
心は重たく、体も重い。
また、母の声がする。
そんな気がする。
2012年7月12日木曜日
超 へんな気持ち
あれだ! あの、へんな気持ち。あれになるのは僕だけなのか?
いや、きっと、多くの人も感じるものかもしれない。。
その、へんな気持ちとは、、
もし私が産まれていなかったら、今、こうやって考えている私は、、、無かったのか?
その、私が無かったという状態を想像すると、とても不快というか、へんな気持ちなのである。
さらに、私が生まれる前には、私が無かったという状態があり、やがて、私が死んでいなくなったら、また、私が無いという状態が続くのだ。なんということか。。しかも、私が無い状態のほうが、、
圧倒的に長い時間なのだ。
この世界が実存しているとしても、私が実存しなければ、この世界は実存していないのと、
同等。なぜなら、この世界が実在することを感知できないから。私が生きていない状態というのを想像すると、とても深い不思議に包まれる。
わたしがいなければ、ごっそり、すべてが無いのだ。絶えられない(考えられないこと)のに、それは実に自然なこと。 私がいないという果てしない時空の中に、、
ほんとうに、ひととき、私がいるのだなぁ。。
雨が空から落ちてくるように自然で不思議だ。
2012年7月11日水曜日
介護の辛さ
きょう母のためにいつもの病院に薬を貰いにいきました。2時間もかかる仕事。待合室ではいつも雑誌を読む。女性雑誌も好き。だけと、とりわけ好きなのが、月刊誌「一枚の繪」。絵と作者のコメントがひとつの頁に収まっている。 日常、自分にとって、絵を特別なものとは感じてないけど、病院や雑誌で出会ったいくつかの一枚が、強烈に僕を吸い込むのがあるのです。写真とちがって、作者が感じたものを描く為にいらない情報をそぎ落としたもの。それが絵だと思う。だから、彼が描きたいものがストレートに理解できるような気がするんです。
たぶん、だからこそ、作者と波長が合ったとき、僕の心をとらえ、絵に心奪われてしまうんだと、 思います。一枚の絵と波長があったら、匂いや、その場所の音までが、鮮明に浮かんできます。 それが、快感なんですよね。絵とはそういうものだと思う。おかしな表現ですが、本物以上の本物。つまり、本物の中にいても、心の感度が落ちていると、気づかないような美しさ、、それを見抜いて、いらない情報をそぎ落として、その美をドカンと強烈に描いたもの。。
介護や姑の経験の無い母を持つと子供は地獄です。子供の時間を容赦なく吸い取り、、 子供は失望しチャンスも失います。この地獄の状況からどうやれば脱出できるのか。。 それが最大の関心ごと。「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」 26~7で亡くなった石川啄木、、この年齢で人生の哀しさ表現したなんて、信じられません。 絵画や文学に救われる日々です。
登録:
投稿 (Atom)