2012年7月22日日曜日

幸せの追求中



恥ずかしいと思う人は、相当、まっとうな人。 恥というのは、相当、高等な心を持つ証拠。 そして、恥とは、いかなるものなのか? 恥というものを貫いて、だれも、行かなかった場所まで行って、手を振ってみせて。。 それで、皆を感動させたとき、人々はもはや、その人を恥ずかしい人とは見ていない。 むしろ、凄い人。。 だから、恥とは、どういうものか、良くわからない。 だから、よくわからない恥、を恐れて、踏み出せないのは愚かで、 むしろ、それは、どうしようもない恥だ。。 恥というものには、何か、とてつもない魅力がある。 世界には多くの魂が生きている。 その魂は親からもらったDNA、遺伝子によって、その魂を包む肉体に包まれている。 ホントハ、魂はみな、幸せになりたいし、その素質をもっているはずだと思う。 しかし、悲しみに蝕まれた魂のことが事件として報道される。でも、彼や彼女は寂しかったに、 違いない。身の回りの人をよくみてると、すべての人が良い面とすばらしい面を持っていそうだ。 それに気づいてないとしたら、未熟な自分を知るだけ。 そういうことも気づかないで、人を批判したり、低くみたりするのは、死ぬほど恥ずかしいことだ。 だから、恥を知るとは、そういうことで、すばらしいことだ。

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